デリカシーの無い両親機能不全の両親

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いつでも思ったときに悪口を言う母親

激昂して大声で喚き散らす父親

この2人が喧嘩している時は私が2人を止めに入る

母親が大声あげて泣きわめく

父親が戸が壊れるくらい閉める

ほぼ毎日この状態。

たまに朝だけこの2人が仲良くしていることがあった

こうすることがあまりいいことではないと気づいたのはいつだったのか。

機能不全家族

 

機能不全の両親を持ったことに気づいたのはいつだったのか。

機能不全家族(きのうふぜんかぞく、Dysfunctional Family)とは、家庭内に対立不法行為身体的虐待性的虐待心理的虐待ネグレクト等が恒常的に存在する家庭を指す。機能不全家庭(きのうふぜんかてい)とも称され、その状態を家庭崩壊(かていほうかい)、もしくは家族崩壊(かぞくほうかい)と言われている

機能不全家族とは、「子育て」「団欒」「地域との関わり」といった、一般的に家庭に存在すべきとされる機能が、健全に機能していない家庭の問題を指す。

機能不全家族内で育った子供は、機能不全な環境や考え方が当たり前であるかの様に認識して成長するケースが多く、また幼少期の重要な人格形成において愛情を得る機会が非常に乏しい事などにより、自己愛・自尊心、他者への共感、他者の苦しみに対する理解等に欠けた人間にもなりやすい。

こうして、機能不全家族から、社会と健全な関係を築くことができない大人が出ることがある。

しかし、機能不全家族に生まれ育った者が全て必ず社会不適応な人間になるとは限らない。

『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用

心が落ち着ける時間があったのは幼稚園まで。祖父の部屋にいる時だけだった。

祖父は私をとても可愛がってくれた。

でも小学校上がった頃からすごく毛嫌いするようになっていた。

理由は祖父が母をいじめるから。

毎日母は祖父のイヤなところを私に話していた。

こんなイヤなことをされた。と。

今思えば両方の意見を聞いた訳ではない。

どうしてあんなにも嫌ったのか母の肩を持ったのかわからない。

今は祖父は亡くなっているから客観視できるだけかもしれない。

母から受けた心無い言葉

大人になってからのこと30代だったかな。

仲人をしている方からいくつか縁談のお話があった。

一つは、近くの自営業

一つは他府県のサラリーマン

私はどうしても自営はお断りしたかった。サラリーマンを紹介してほしいと伝えたら

母が

「どうして私が他府県行きたかったのにあなたを嫁に行かせないといけないの」

・・・・・・・・・・・・。

全く理解不能になった。

じゃどうして他府県の縁談を私に伝えた?

自分が出来なかったはらいせ?

自分が不幸だから私は幸せになってはいけないの?

自分の手元に置いてまだ私を使いたいの?

そして父親には今回の縁談は無かったことにしたと言っていた。

何がしたい?

全く理解できないことばかり言う。

私が始めて女の子になった時のこと、中学生のとき。

自分の部屋で初潮が来て驚いて。でも母に相談するしか無かったから茶の間に呼びに行った。

あの日も夫婦喧嘩で2人はいきりたって同じ部屋で威嚇し続けた雰囲気だった。

いきりたってる母親は

私の部屋に生理用品を持って来て私の下着引きづり下ろして

こうしたらええんや

って捨てセリフで出ていった。

どんな変化が起きるのかも知らない。

夜も不安で不安で過ごして翌日保健室の先生に教えて貰った事を覚えてる。

翌日の夕飯の時お赤飯を買って来ていた。

食卓の赤飯を見た父親が理由を聞いた。

母親「この子な生理きたんや」

その場で誰も笑顔じゃなかった。

どうして弟もいる前で言うのか理解出来なかったし

冷たい空気だった。

おめでたいことじゃないの?

私なんかどうでもええんやわって思った。

どうしてイヤな思いしてるのかわからなかった。

そういうデリカシーの無いことはたくさんあった。

あまりにも衝撃が大きすぎて思い出せないことがもっとたくさんある。

言いたいけど言葉に出せない書けないことがたくさんある。

 

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